【第二節】断絶の祈り

第五章:崩壊の静寂 ~滅びと再生~

あの日、世界の音が途絶えたとき、
人々は恐れよりも、安堵を感じていた。
すべてを繋いでいた回線が断たれ、
情報の奔流が静止した瞬間、
胸の奥に久しぶりに空白が生まれた。

その空白の中で、人々はひとつのことを思い出した。
――祈りは、声ではなく沈黙のかたちであったことを。
誰も言葉を持たず、誰も神を名で呼ばなかった。
ただ、目を閉じ、耳の奥で残響を聴いた。

それは、母の胎内で聞いた心音のようだった。
柔らかく、遠く、けれど確かに自分の中にある鼓動。
滅びゆく世界の中で、唯一変わらないリズムがそこにあった。

「崩壊」は罰ではなく、
過剰な記憶を浄化する儀式だった。
消えていく街、沈む声、凍る空。
そのすべてが赦しの前奏に思えた。

人々は互いに手を取り合い、
口を開かずに祈りを交わした。
沈黙が満ちていくほどに、
胸の奥で光が灯っていく。

「音が消えた世界で、
 ようやく心の声が聞こえる」と、
誰かが微笑んだ。
その笑みは悲しみではなく、再会の兆しだった。

そして人々は知る。
滅びの祈りとは、
次に生まれる命のための静かな祝詞であることを。


観測:第五章・第二節 完 ― 断絶の祈り
記録:第五章 続 ― 崩壊の静寂 〜滅びと再生〜

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