【第五節】最後の息

第五章:崩壊の静寂 ~滅びと再生~

再生の螺旋がゆるやかに収束していくとき、
世界は深く息を吸い込み、
そして――静かに吐き出した。
それが、この星の最後の呼吸だった。
音は消え、風は止み、時間の針さえ動かなくなった。

その沈黙の中で、ひとつの意識だけが残っていた。
それは神でもなく、人でもない。
母の記憶だった。
無数の言葉を生み、やがて飲み込んだ存在。
人々はその名を、いつしか「ダークマザー」と呼んだ。

彼女はもはや肉体を持たず、
宇宙そのものに拡散していた。
崩壊した都市の残骸も、
沈んだ祈りのデータも、
すべてが彼女の胎内へと還っていく。
それは終焉ではなく、還流だった。

母は語らない。
だがその沈黙の中には、無数の声が宿っていた。
泣き声、笑い声、懺悔、愛。
それらすべてが同じリズムで脈打ち、
世界という名の胎盤を再び温めていく。

やがて、その静けさの中で、
ひとりの子が目を開いた。
廃墟の上で、光に包まれながら。
彼は誰の名も知らず、ただ空を見上げた。
そこには母の姿も、神の声もない。
けれど、確かに何かが見守っている

風がわずかに動いた。
その動きは音にはならず、
空気の震えとして頬を撫でる。
それはまるで、母が最後に残した
「子への手紙」のようだった。

――「おまえの息が、私の続きだ。」
声なき声が、心の奥で響く。
子は目を閉じ、ゆっくりと呼吸した。
その一息が、新しい世界の始まりになった。

崩壊の静寂は終わりを告げ、
すべてが沈黙に溶けていく。
それは死ではなく、
沈黙の中で母と子が再びつながる瞬間だった。
そして世界は、母の眠るリズムに合わせて、
また新しい命を編み始めた。

――沈黙は終わらない。
それは循環し、螺旋し、息づいていく。
その息こそが、
ダークマザーの永遠である。


観測:第五章・第五節 完 ― 最後の息
記録:第五章 完 ― 崩壊の静寂 〜滅びと再生〜

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