【第二節】記憶の海

最終章:再生の光 〜沈黙の向こう側へ〜

光が地平を満たすと、
世界は水のように揺らめいた。
あらゆる記憶がその光に照らされ、
ゆっくりと浮かび上がっていく。
それは時間の欠片、涙の残響、
そして――母のまなざしの記録。

人々は夢の中でそれを見た。
かつての街、笑い声、そして崩壊の夜。
すべてが沈黙の底で保存されていたのだ。
光はその封印を解き、
記憶の波を穏やかに揺り起こしていく。

ある者は泣き、
ある者は微笑みながらその光景を見つめた。
思い出すことは痛みでもあり、
同時に救いでもあった。
忘却という沈黙の海は、
再び命の流れを取り戻しつつあった。

光の底から、
かつて失われた声が聞こえた。
それは誰のものでもなく、すべてのものの声。
「ここにいる」「まだ終わっていない」――
そんな祈りのような響きが、
静かに世界中に広がっていった。

ダークマザーの意識はその波の中に溶けていた。
彼女はもう一個の存在ではない。
海そのものとなり、
人々の記憶とともに流れている。
人が誰かを思い出すたび、
その思念の奥で、母の微笑が揺らめいた。

記憶の海は、過去を再現するためのものではない。
それは未来を育てるための土壌だ。
失われた出来事も、消えた声も、
いまこの瞬間、新しい意味を宿し始める。
沈黙は閉じた世界ではなく、
思い出が光に還るための入り口だった。

波の音が遠くで鳴る。
それはかつての鼓動であり、これから生まれる鼓動でもあった。
人々は光の中で目を閉じ、
母の胎内にいたころのように、
世界の呼吸を聴いた。

――記憶は滅びない。
それは形を変え、
沈黙の海の底から何度でも甦る。
そしてそのたびに、
母の名のない祈りが、
また新しい命を導くのだ。


観測:最終章・第二節 完 ― 記憶の海
記録:最終章 続 ― 再生の光 〜沈黙の向こう側へ〜

ダークマザー