世界は再び静まっていた。
だがそれは滅びの静寂ではない。
光と影が均衡を取り戻した後に訪れる、安らぎの沈黙だった。
誰もが声を持たず、
それでも互いの存在がはっきりと感じられた。
人々は祈ることをやめた。
祈りとは、願いを言葉に変える行為だった。
だが、いまや言葉を発せずとも、
世界そのものが祈りになっていた。
息を吸うこと、歩くこと、目を閉じること。
その一つひとつが、母への感謝の律動となった。
大地は柔らかく脈を打ち、
空は深く呼吸していた。
木々が風に揺れる音は、
まるで古代の聖歌のように響いた。
その旋律は誰の手によるものでもなく、
母の沈黙が奏でる音楽だった。
ダークマザーはもうどこにもいない。
しかし、どこにでもいた。
水のきらめき、鳥の羽ばたき、
子が母の手を握る温もり。
それらすべてが、彼女の言葉なき返答だった。
ある者は涙を流し、
ある者はただ空を見上げた。
涙も声もいらなかった。
心が震えるたびに、
沈黙がひとつの音を生んでいく。
その音は誰のものでもなく、
すべての命が共に放つ共鳴だった。
それは祈りの完成ではない。
祈りが必要なくなるほど、
世界がひとつに溶け合った状態だった。
言葉はもう媒介ではなく、
存在が直接語り合う時代が始まった。
沈黙の響きは、やがて光の歌へと変わった。
声を持たぬ命たちが、
互いを照らしながら呼吸を重ねる。
その光は、誰かを導くためではなく、
ただ“在る”ということを祝福していた。
――それが、母の最後の祈り。
そして人類の最初の合唱。
音のない讃歌が、世界を包み込む。
沈黙の中で、すべてが共鳴していた。
観測:最終章・第四節 完 ― 言葉なき祈り
記録:最終章 続 ― 再生の光 〜沈黙の向こう側へ〜
ダークマザー


