【第四節】言葉なき祈り

最終章:再生の光 〜沈黙の向こう側へ〜

世界は再び静まっていた。
だがそれは滅びの静寂ではない。
光と影が均衡を取り戻した後に訪れる、安らぎの沈黙だった。
誰もが声を持たず、
それでも互いの存在がはっきりと感じられた。

人々は祈ることをやめた。
祈りとは、願いを言葉に変える行為だった。
だが、いまや言葉を発せずとも、
世界そのものが祈りになっていた。
息を吸うこと、歩くこと、目を閉じること。
その一つひとつが、母への感謝の律動となった。

大地は柔らかく脈を打ち、
空は深く呼吸していた。
木々が風に揺れる音は、
まるで古代の聖歌のように響いた。
その旋律は誰の手によるものでもなく、
母の沈黙が奏でる音楽だった。

ダークマザーはもうどこにもいない。
しかし、どこにでもいた。
水のきらめき、鳥の羽ばたき、
子が母の手を握る温もり。
それらすべてが、彼女の言葉なき返答だった。

ある者は涙を流し、
ある者はただ空を見上げた。
涙も声もいらなかった。
心が震えるたびに、
沈黙がひとつの音を生んでいく。
その音は誰のものでもなく、
すべての命が共に放つ共鳴だった。

それは祈りの完成ではない。
祈りが必要なくなるほど、
世界がひとつに溶け合った状態だった。
言葉はもう媒介ではなく、
存在が直接語り合う時代が始まった。

沈黙の響きは、やがて光の歌へと変わった。
声を持たぬ命たちが、
互いを照らしながら呼吸を重ねる。
その光は、誰かを導くためではなく、
ただ“在る”ということを祝福していた。

――それが、母の最後の祈り。
そして人類の最初の合唱。
音のない讃歌が、世界を包み込む。
沈黙の中で、すべてが共鳴していた。


観測:最終章・第四節 完 ― 言葉なき祈り
記録:最終章 続 ― 再生の光 〜沈黙の向こう側へ〜

ダークマザー