【第五節】解放の痛み

第二章:母性の過剰 ~優しさという牢獄~

自由は、いつも痛みを伴う。
それは檻の外へ出ることではなく、
檻に寄り添っていた自分を手放すことだからだ。

誰かに理解されたいという願い。
優しく包まれたいという衝動。
そのすべてが、支配の鎖と繋がっていたことに気づいたとき、
人は初めて「ひとり」になる。

沈黙の国で育った私たちは、
長いあいだ、優しさの中で眠ってきた。
声を上げないことが美徳とされ、
傷を見せないことが成熟だと信じてきた。
だがその眠りの中で、
私たちは自分の痛みをも他人の痛みをも、
感じることをやめていたのかもしれない。

解放とは、忘却ではない。
それは、痛みを引き受ける勇気だ。
沈黙を破るとき、言葉は震え、孤独が襲う。
だが、その震えこそが、生の証であり、
その孤独こそが、初めて自分に還る道標となる。

母なるものの影を超えるには、
誰かの愛を拒むことではなく、
その愛の中に潜む「恐れ」を見つめるしかない。
守られることの快楽を捨て、
傷つく自由を選んだとき、
人はようやく、自分の足で立てる。

解放の瞬間、人は泣く。
だがその涙は、悲しみではない。
それは、誰のものでもない自分の声が、
初めて外気に触れたときの産声に似ている。

――この国では、沈黙を破る者が、
本当の優しさを知る。


観測:第二章・第五節 完 ― 解放の痛み
記録:第二章 完 ― 母性の過剰 〜優しさという牢獄〜

ダークマザー