【第四節】聖母の影

第二章:母性の過剰 ~優しさという牢獄~

母性は、光のように語られてきた。
すべてを包み込み、許し、癒す存在。
その象徴は、聖母の微笑みとして人々の心に刻まれている。

だが、その光が強すぎるとき、影は濃くなる。
母の愛は、子を守るためのものだったはずなのに、
いつしか子を「自分の作品」として完成させようとする意志へと変わる。

「あなたの幸せを願っている」
「あなたのためを思っている」
――その言葉ほど、恐ろしい呪文はない。
それは無垢な愛の仮面をかぶりながら、
子の人生に見えない枠組みを描いていく。

母性は、しばしば社会に拡張される。
国家も、企業も、共同体も、
「家族」という名の下で、同じ構造を再生産する。
「守る」「導く」「育てる」という名の支配。
そこでは、従順が徳となり、反抗は罪とされる。

聖母の微笑みの裏にあるのは、罪悪感の教育だ。
愛されたい者は、母の期待に応えようとし、
愛を失うことを恐れて、自ら沈黙を選ぶ。
その沈黙の連鎖が、社会全体を覆っていく。

母性は、もともと悪ではない。
しかし、その過剰な光が照らすのは、
「守られる側」と「守る側」という分断である。
その境界の上で、人は自由を学ぶ前に、
「従うこと」を覚えさせられる。

そして、母の不在を恐れるあまり、
私たちは新しい母を探し続ける。
権力、社会、恋人、神。
そのどれもが、聖母の影を投影した幻にすぎない。

――この国では、母性が国家の形をして微笑む。


観測:第二章・第四節 完 ― 聖母の影

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