【第五節】調和の崩壊

第三章:偽りの調和 ~平穏という仮面~

調和は、音が重なり合うことで生まれる。
だが、この国の調和は、音を消すことで成立していた。
不協和音を恐れ、異なる声を排除し、
全員が同じ旋律を口ずさむ社会。
それは音楽ではなく、沈黙の儀式だった。

誰もが「平穏」を守るために口を閉ざし、
波立たぬように笑い、
自分の考えを曖昧にぼかした。
だが、その曖昧さこそが、
ゆっくりと社会の神経を腐らせていった。

やがて、全員が同じ表情で頷く世界に、
違和感が芽生え始める。
何かが欠けている――
その違和感に気づいても、言葉にはできない。
なぜなら、この国では「違和感を口にすること」自体が、
不調和として罰せられるからだ。

しかし、抑え込まれた感情は、
やがて沈黙の底から沸き上がる。
見えない叫びが、静寂の壁をひび割れさせる。
それは怒りではなく、祈りに近い衝動だった。
「もう、何も感じないふりをしたくない」と。

調和はついに崩れる。
それは破壊ではなく、再生の前兆だった。
均一な笑顔が崩れ、
無表情な群衆が人間の顔を取り戻す。
泣き出す者、叫ぶ者、沈黙する者――
ようやく「違い」が息を吹き返した瞬間、
世界は再び音を取り戻す。

だが、その音は不協和だ。
混ざり合わず、ぶつかり合い、響きが乱れる。
それでも、その乱れの中にこそ、
生のリズムが宿っている。
調和とは、整うことではなく、
異なる声が共存する勇気なのだ。

――この国では、崩壊こそが、
唯一の誠実な調和だった。


観測:第三章・第五節 完 ― 調和の崩壊
記録:第三章 完 ― 偽りの調和 〜平穏という仮面〜

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