【第四節】虚構の共同体

第三章:偽りの調和 ~平穏という仮面~

この国の「共同体」は、もはや現実ではない。
それは互いを理解するための場所ではなく、
孤独を誤魔化すための幻想として機能している。

人々は「つながり」を求めて集う。
だが、その結びつきは、
思想や信念によるものではなく、
「不安を共有したい」という弱さの連帯だ。

SNSの中で交わされる共感、
企業が掲げるチームの理念、
家庭という小さな制度。
どれもが「私たちはひとつだ」という言葉を繰り返す。
けれど、その“私たち”の中には、
本当の「私」は含まれていない。

共同体の中で個が消えるとき、
安心と引き換えに、自由が失われる。
異なる声は軋みとして排除され、
沈黙は「協調」と呼ばれる。
誰も争わず、誰も拒まない――
それが、この国の最も完成された監獄だ。

人々は「孤立」を何よりも恐れる。
だからこそ、自ら檻の中に入り、
“居場所”という名の牢獄に安住する。
その空間では、同じ言葉が繰り返され、
同じ感情がコピーされ、
同じ沈黙が量産されていく。

そこにあるのは温もりではなく、
相互監視のぬくもりの模倣だ。
互いに笑い合いながら、
誰が外れるかを常に確認し合う。
善意の装いをした視線が、
ひとりひとりを均一に整えていく。

やがて、個人は共同体の中で溶け、
「誰か」であることをやめる。
そしてその透明な存在を、
人々は「理想の市民」と呼ぶ。

――この国では、孤独よりも同調が恐れられ、
真実よりも安定が称えられる。


観測:第三章・第四節 完 ― 虚構の共同体

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