この国では、創造よりも再現が尊ばれる。
新しさは疑われ、
「前例のある安心」が最高の価値とされる。
誰もが未来を語りながら、
その実、過去の模倣を繰り返している。
学校では正解を覚え、
会社では前例を守り、
家庭では伝統を再生産する。
「同じようにやること」が誠実とされ、
「違うことをやること」が不安と呼ばれる。
こうして社会は、模倣によって安定を保つ巨大な機構となる。
創造はリスク、挑戦は迷惑、
そして変化は「空気を乱す行為」として忌避される。
人々は知らぬ間に、
他人の生き方を参照しなければ生きられない存在となった。
テレビも、SNSも、教育も、
すべてが「正しい模倣」を教えている。
「こうすれば好かれる」「こうすれば叱られない」――
それらの指針はやがて道徳となり、信仰となる。
模倣の繰り返しが人格を作り、
模倣の継続が社会を形づくる。
しかし、その中で失われるものがある。
それは、失敗する権利だ。
模倣の文化は、失敗を許さない。
間違いを恐れ、他人と違う答えを出せない人々が増えるほど、
社会は均質になり、個人は薄くなっていく。
やがて、人は自分が誰の模倣なのかさえ忘れる。
行動も、言葉も、感情さえも、
どこかで見たものをなぞるだけになる。
模倣が永遠に続くとき、
創造は死に、存在そのものが複製となる。
それでも、人々は模倣をやめられない。
なぜなら、その模倣の中にこそ、
「安心」という微弱な麻酔があるからだ。
――この国では、未来を作る者よりも、
過去を再現する者が尊敬される。
観測:第四章・第二節 完 ― 永遠の模倣
ダークマザー


