【第四節】止まった時間

第四章:時間の呪い ~止まった時計の中で~

時計の針が、ある瞬間から進まなくなった。
それは物理の停止ではない。
心の時間が止まったのだ。

この国では、過去が未来を上書きしている。
人々は今日を生きているようでいて、
実際には「かつての正解」をなぞる毎日を生きている。
昨日の言葉を繰り返し、
昨日の思考を誇り、
昨日の痛みに今も怯えている。

時間は流れているはずなのに、
社会の内部では何も変わらない。
制度も、価値も、感情さえも、
凍結したまま保存されている。
それを「安定」と呼び、
そこに留まることを「賢明」と教えられてきた。

しかし、止まった時間の中で生きることは、
少しずつ死んでいくことと同義だ。
変化のない日々は、
命の温度を奪い、思考を麻痺させる。
笑うことも、泣くことも、
同じ速度で薄れていく。

やがて、人々は時間を感じなくなる。
朝と夜の区別が曖昧になり、
一年も十年も、同じ季節の繰り返しに溶けていく。
その中で唯一進んでいくのは、
老いだけだ。

止まった時間は、優しい。
何も変わらず、何も失わない。
だが同時に、何も得られない。
過去の中に閉じこもった社会は、
未来を語る言葉を忘れていく。

そして、気づかぬうちに、
この国の時計はただの飾りになった。
動かない針の下で、
人々はそれを見上げ、
「まだ動いている」と信じている。

――この国では、時間は進むものではなく、
崇拝されるものとなった。


観測:第四章・第四節 完 ― 止まった時間

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