【第一節】過去という神

第四章:時間の呪い ~止まった時計の中で~

この国では、過去が神として崇められている。
それは信仰の対象ではなく、従属の対象だ。
古い価値観は「伝統」と呼ばれ、
新しい思想は「不安定」として退けられる。

過去は、いつしか絶対の尺度となった。
人々はそれを参照しなければ、何も語れなくなった。
歴史を学ぶことは、知ることではなく、
従うことにすり替えられている。

「昔は良かった」という言葉が祈りのように繰り返される。
それは懐かしさではなく、思考の停止だ。
未来に向かう力を失った社会は、
過去の亡霊に守られることを選んだ。

誰もが安定を望む。
だがその安定とは、変わらないことへの信仰である。
変化を恐れ、挑戦を避け、
未知のものを排除することで、
人々は「安全な世界」を維持しようとする。

そして気づかぬうちに、
過去が人々の心を支配し始める。
それはもはや歴史ではなく、命令だった。
「こうあるべきだ」「そうしてきた」――
その言葉が、あらゆる創造を封じる呪文となった。

過去は語りかけない。
ただ、沈黙のまま見下ろしている。
その静寂の眼差しに、人々は安堵し、恐怖する。
なぜなら、その神は優しい顔をして、
未来を拒むからだ。

――この国では、進化よりも懐古が美徳とされる。
止まった時計の針が、
いまもなお信仰の中心で回り続けている。


観測:第四章・第一節 完 ― 過去という神

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