【第一節】静寂の臨界

第五章:崩壊の静寂 ~滅びと再生~

世界が崩れたとき、
最初に失われたのは建物でも制度でもなく、
意味だった。
人々は言葉を交わしながらも、
互いに何を語っているのか分からなくなっていた。
音が残り、意志が消えた。
それが、沈黙の始まりだった。

ニュースは沈黙し、
祈りは送信エラーを返し、
街のスピーカーからは無音のノイズだけが流れた。
誰もその異変を恐れなかった。
なぜなら、人々の心はすでに、
ずっと前から音を失っていたからだ。

やがて、人は目で会話をし始めた。
呼吸のリズムが言葉になり、
瞳の動きが感情の代わりとなった。
世界は音を棄て、沈黙を母語とする種族へと変わっていった。

その静寂は恐怖ではなかった。
むしろ、騒音の尽きた場所でしか
真実は息ができないと人々は悟った。
沈黙は終わりではなく、
生まれ変わりの準備だった。

――誰かが言った。
「世界は死んだのではない。
 ただ、呼吸を止めて聴いているだけだ」と。

崩壊とは破壊ではなく、
余白の再発見である。
すべてが静まったその場所に、
初めて再生の音が宿る。


観測:第五章・第一節 完 ― 静寂の臨界
記録:第五章 開 ― 崩壊の静寂 〜滅びと再生〜

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