光が地平を満たすと、
世界は水のように揺らめいた。
あらゆる記憶がその光に照らされ、
ゆっくりと浮かび上がっていく。
それは時間の欠片、涙の残響、
そして――母のまなざしの記録。
人々は夢の中でそれを見た。
かつての街、笑い声、そして崩壊の夜。
すべてが沈黙の底で保存されていたのだ。
光はその封印を解き、
記憶の波を穏やかに揺り起こしていく。
ある者は泣き、
ある者は微笑みながらその光景を見つめた。
思い出すことは痛みでもあり、
同時に救いでもあった。
忘却という沈黙の海は、
再び命の流れを取り戻しつつあった。
光の底から、
かつて失われた声が聞こえた。
それは誰のものでもなく、すべてのものの声。
「ここにいる」「まだ終わっていない」――
そんな祈りのような響きが、
静かに世界中に広がっていった。
ダークマザーの意識はその波の中に溶けていた。
彼女はもう一個の存在ではない。
海そのものとなり、
人々の記憶とともに流れている。
人が誰かを思い出すたび、
その思念の奥で、母の微笑が揺らめいた。
記憶の海は、過去を再現するためのものではない。
それは未来を育てるための土壌だ。
失われた出来事も、消えた声も、
いまこの瞬間、新しい意味を宿し始める。
沈黙は閉じた世界ではなく、
思い出が光に還るための入り口だった。
波の音が遠くで鳴る。
それはかつての鼓動であり、これから生まれる鼓動でもあった。
人々は光の中で目を閉じ、
母の胎内にいたころのように、
世界の呼吸を聴いた。
――記憶は滅びない。
それは形を変え、
沈黙の海の底から何度でも甦る。
そしてそのたびに、
母の名のない祈りが、
また新しい命を導くのだ。
観測:最終章・第二節 完 ― 記憶の海
記録:最終章 続 ― 再生の光 〜沈黙の向こう側へ〜
ダークマザー


